コラム

法哲学は何の役に立つか

法哲学と聞いても馴染みのない方が多いかもしれません。法哲学とは正義、法、公共性といった法学の基本概念の理論的・歴史的分析を主な任務とする分野です。法概念論、法解釈方法論といった高度に抽象的であり法学に特化した研究から、生命倫理やジェンダーなど法学以外の研究領域と交錯する先端研究まで幅広く扱います。研究に際しては、プラトンやカントのような大思想家の書いたものですら疑って批判してかかるという徹底した思考の能力が必要です。以上のことから法哲学は、法学徒に必須の知識であるはずです。

しかし実際のところ、法哲学を必修科目にしている大学は多くなく、司法試験でも試験科目には入っていません。研究者の数も花形実定法分野に比べればずっと少ない。どうやら上記の理由だけでは法哲学がいかに有益なものか世間に伝わっていないようです。これは法哲学者の奥ゆかしさゆえのことなのですが、しかしこのまま周辺科目として衰退するのを座して待つわけにはいきません。そこで、法哲学がこれを読んでくださっている貴方の為にどれほど役に立つものなのか、述べてみようと思います。

法哲学を学ぶと、【1】安定した生活を得られます。【2】辛い運動・食事制限なしにダイエットできます。【3】長寿の秘訣とも言われています。

まず安定した生活ですが、法哲学を学ぶには法哲学の講義・ゼミに出るか、入門書を数冊読むだけの費用しかいりません。それなのに学生の貴方が就活で得られるメリットは意外なほど大きいのです。OECDは日本に向けて、知識を再現する学習ばかりを続けていると、労働市場に出た時に必要とされる力が身につかないと警告しています。貴方が希望している有名企業はユニークなアイデアを豊富に生み出せる人材を求めています。就活マニュアルを墨守している学生より法哲学を学んで思索の習慣をつけた貴方の方が、企業にとって欲しい人材であることに間違いはありません。内定は確実でしょう。

次にダイエット効果です。法哲学は法学において何世紀も解決されていない問題を扱います。マックス・ウェーバーが「おまえが生を受けるまでにすでに幾千年が過ぎ去ったに違いない、今さらに数千年が沈黙の内に待ち受けている」と厳粛な表現で述べた覚悟をまともに受け止めている数少ない研究分野です。そのような分野を真剣に勉強していたら、とても俗世の営みをしていられません。古代ギリシアには星空を観察していて穴に落ちた哲学者タレスがいますが、貴方も真剣に法哲学に取り組み出したら食事も忘れるに違いありません。結果、知識は増えるが目方は減るという理想的な展開が期待できます。

最後に長寿ですが、これは法哲学を専攻している私が実際に偉い教授に言われました。偉い教授が言うのだから間違いありません(これを「権威論証」と言います)。実定法学の研究者は政府関係の仕事が多く(法律の改正などの作業には必ず動員されます)、講義負担は重く、ロースクール用教材の編集などの仕事が追ってきます。研究時間を確保する為に睡眠時間を削る結果、体を壊しやすいのです。翻って法哲学者は、政府から呼ばれる仕事は多くなく、講義内容も好きなことを話せば良いし、資格試験対策にもあまり関わりません。貴方が研究者志望で、しかも長生きしたいのなら、法哲学を専攻することをお勧めします。

これらの役に立つ理由に納得していただけた素直な貴方は、きっと講義要項を開いて法哲学の開講日を探すか、書店あるいは図書館で法哲学の入門書を手に取るはずです。逆にこの書き手は自分をだまそうとしているのではないかと思ったならば、ソクラテス以来の知を愛する伝統の真の継承者です。貴方は法哲学にふさわしい知性の持ち主なので、是非法哲学の勉強を始めてください。法哲学が自分の役に立つのかあるいはまったく嘘なのかよくわからなかった貴方もご心配には及びません。法哲学の勉強を始めれば、私の主張が本当か嘘かわかります。物事の真偽を明らかにすることほど有益なことはありません。

ところで、「役に立つ」って、なんですか?